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絵本ナビ「まじょがかぜをひいたらね」みんなの声大募集 

09-10,2015

絵本ナビ「まじょがかぜをひいたらね」みんなの声大募集

本というのは、買ってくださったお客様が(多分)いるのにもかかわらず、
反応がイマイチ書いているこちら側に伝わってこない媒体だと思います。
正直、私も自分自身の作品の感想を身内や友達以外にきく機会などほとんどありません。
たまに、サインや握手をすると「いいお話ですねー」とか「これからも頑張って!」
なーんてお声がけくださって、嬉しい気持ちがマックス全開になるのですが、
ほとんどの場合、書店に本はあれど、新刊から数ヶ月たてば、平積みされることは
そうそうないわけで、この全面本だらけの棚から私の一冊を手にとってくださることなんてあるのかしら???
などと、流通辺りから訝しい気持ちになったりします。

で、今回は、絵本ナビが企画してくださったレビューコンテストの対象作品としていただいたこともあって、お客様の感想を広く募集することになりました。
まぁ、レビューに上も下もないと思うのですが、こういう機会があるだけで、
生の声がたくさんきけるかもしれない、と思うと、作者自身はワクワク(&ドキドキ)しておる次第です。

賞品で吊るわけではないのですが、高畠純先生の「シルクスクリーン作品」が目玉の賞品です。
ちょっと興味がある、もしくはいつもは感想とか書かないけど、という方も、もしよかったら
参加していただけると嬉しいです。

これまでの2作品も、度々レビューをチェックしてみております。
けっこうあたたかい感想が多くて、ジーン。
いつも励みにしております。

買ってくれたり、借りてくれたり、プレゼントされたり?
なんにしても、私の本と出会ってくださった皆様、ありがとうございます。

これからも「あー、この本は自分の手元に置いておきたい!!」と思われるようないい一冊を
つくれるよう、頑張ります。
宜しくお願いします。


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二階堂和美さんのコンサートにいってきた。

09-04,2015

娘っ子と二階堂和美さん(以下、ニカさん)のコンサートにいってきた。
歌はいいなぁ、と改めて思う。
今年2回目のニカさんのコンサートは、お寺さん主催のものだったので、
檀家さんと思わしき、お年のめした方が8割、といった年齢層高めのコンサートであった。
「法話コンサート」と銘打たれていたこともあってか歌と歌との間に、ちょっといいお話が入る。
そして、ひとしきり話すと「ちょっと浮ついた歌なのですが。。。大丈夫ですかね?」なーんていいながら、
「とつとつアイラヴユー」や「女はつらいよ」「いつのまにやら現在でした」と、人生振り返っちゃうような曲が続いた。
多分だが、「いのちの記憶」しか知らないお客さんもたくさんいたと思う。
だからか、はじめのうちパワー全開の歌声や、何色にも変化する声色や、決して上手とはいえないけど、この音楽を体で表現するとこうなっちゃうよ!といったダンスを、どのようにみるのが正解なのか戸惑ったお客さんの緊張感が会場を包んでいて、正直、私でさえドキドキするほどだった。
しかし、ここで笑ってもいいんだ、静かに聞いてなくても大丈夫かも、、、といいうことが少しづつ分かってきたせいか、手拍子や一緒に歌う人なんかもでてきて、会場全体がほっこりとあったかく変化していったのが感じとれた。

ステージの上のニカさんは、妖精みたいだな、といつも思う。
歌声はこんなに簡単に心にスゥーと入っていくのに、なぜか手を伸ばすと、消えてしまうんじゃないかな、というような気持ちになる。
あと、なんだかウイキペディアやホームページの情報位しかニカさんを知ってはいないはずなのに、
ライブをみるとニカさんのことが全部分かってるような気にさせられる。
「純正」という言葉がぴったりくるような、混じり気の無い表現者だからだろう。
私はそれがとっても羨ましい。ステージ上のニカさんはとてつもなく気持ち良さそうだから。
でもそれと同時に、怖く無いのかな、と思ってしまう。
自分を丸裸にすること、表現者としては当たり前なのかもしれないけど、私は自分が文章を書くとき、やっぱり色々ためらって、少しだけ服をきてしまうきらいがあるから、あんな風に、パパパッといらないものを脱ぎ捨てて、素直にやるべきことを伝えたいことを楽しんでいる姿は、なんだか自分が「臆病者」と妙に意識させられる瞬間でもあった。

コンサート終わりでCDを買って、握手をしてもらった。
ニカさんの手は、消えなかった。
それどころか、優しくてあったかくて、そして力強かった。



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お母さんが泣いた日

09-01,2015

ある日の夕食のことである。
旦那さんが、「今日図書館にいったらさ、3歳位の子連れのお母さんが、あるおばさんに、泣いて抗議してたんだ」
というので、なんとなくそれだけで私の頭の中で何があったのかだいたい想像がついた。
そして、やっぱりその後、旦那さんから発された言葉が私の想像通りだったものだから、あーあ、という気持ちでいっぱいになった。

話はこうである。

3歳位の女の子がご機嫌に図書館内を鼻歌まじりで歩いていたのだという。
その女の子のお母さんは、子供とつかず離れずの距離で、自分の本を選んでいた。
そこにおばさんがやってきて、
「ここは公共の施設なんだから静かにさせてください。子供のブースもあるのだからそちらに移動してください」というようなことを、眈々と述べたそうだ。
すると、そのお母さんはボロボロ泣き出し「この子は何にも悪いことしてないのに、なんでそんなこというのですか?」と
くってかかったということだった。
旦那さんからみても、子供はめちゃくちゃうるさくはなかったし、ちょっとの時間だったけど、感じ方はそれぞれだし、おばさんは図書館でのマナーに則ったことをただ注意しただけ、といった印象で、お母さんがあまりにも感情的だったので少し異常に思えた。図書館はの空気が一時、騒然となったほどだった、という話であった。

私は、旦那さんに「で、あなたはどうしたらいいと思ったの?」ときくと、
「結局、子供連れで図書館に行かない方がいいんじゃない?」という言葉が返ってきて、ガックリきた。

ここからは想像だけど、このお母さんが泣いてしまったのは、そのおばさんの一言だけが原因ではないように思う。
私も4歳の娘っ子と一緒に行動することが多いのでよくわかるのだが、子連れのお母さんというのは非常に声をかけられやすい存在なのだ。
もちろん、たいがいは「かわいいわねー」にはじまり、孫の話、そして自分の子育ての経験なんかも交えた話が
大半を占める。ためになることも少なくない。しかし、こえをかけてくれる回数に比例して、
ちょっぴり意地悪な声かけや、おしつけや、「これだから最近の若いひとは」といった中傷に出会うケースもある。
確かに正しいことを正しいと注意することや、アドバイスすることは間違っていない。正しいのかもしれない。
だけど、なんとなくだけど、中傷に値するようなことをいう人というのは、どこか腹いせに言ってやってるような、
自分のストレスを言える相手にぶつけているような、そんな風にとれることがままある。
このお母さんは、これまで他の場所でも運悪く、いろいろ言われちゃったのではないだろうか。
それで、このおばさんの一言がひきがねで感情が露わになってしまったのではないだろうか。

確かに、子育てをしていると、子供の声の大きさとか、行動に対しての感覚が麻痺してしまっていることがあったりする。
ちょっとした迷惑は知らず知らずのうちにかけてしまっていることもあるかもしれない。
でもだいたいの場合、お母さんとよばれている人は出来る限り他人に迷惑がかからないように頑張っている人が
多いと思う。だからこそ、おいつめられたような感覚に陥ったり、自分の感情がコントロールできなくなったりすること
は、子育てをしていれば、そんなに異常な状況ではないと思うのだ。

もちろん今回はこのおばさんが悪い、と私は言いたかった訳では決してない。
多分ストレス発散型で注意した訳でもないとも思う。
単純にうるさく感じたから、静かにしてください、といったにすぎないだろう。

でも、せっかく人に一言いってあげられる勇気のあるおばさんなのだから、
アドバイスしてあげられる先人なのなら、そのおせっかいパワーをもう一歩すすめて、

「ちょっとこの子、楽しくていいんだけど、他の人にも迷惑かかりそうだし、
5分位ならみててあげるから、本さがしてきなさいよ」っていってあげられはしないだろうか。

このご時世、他人様に、おいそれ、と子供を預けることもままならない部分もあるから、
一概にこの案が採用されないとはおもうけど、少なくともこのセリフでお母さんの逆鱗に
ふれることはないだろうし、もしも涙が流れたとするなら、その涙の理由はもっとあったかい意味合いのものになるんじゃないかと思う。